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今回の主人公はSである。 Sは総合建設コンサルタントの会社で技師をしている。

Sは手が早かった。昔からそうだった。手が早い奴というのは、 誰にそのテクニックを教えられるわけでもなく、一人で獲得するようである。 回りの連中は、それを見て学習するというわけである。サルと同じである。

Sは総合建設コンサルタントの社内でナンパ遊びの相棒を得た。 相棒は今年の新卒である。もちろんSには相棒などいなくても、 単なる会社の呑み会の2次会でも、やるときはやる。

この新卒君、Sと遊ぶようになってから「俺、Sさんと知り合ってよかったですよ。 こういう会社入ってからもこういうのアリだったんですね」と、のたまったらしい。 "こういう会社"とは堅い目の会社ということである。 俺の想像だが、この新卒君はSと出会わなくてもやることはやっていたと思う。 生まれながらのコーマニストというのは存在するのである。たぶん。

Sと新卒君は会社で「野放しブラザーズ」と呼ばれている。

年末のある日、Sの会社の呑み会があった。 Sと新卒君は会社の呑み会を早めに切り上げ、2軒目でナンパしようと目論んでいた。 しかし、こういう目論見はなんとなく察知されることがある。

Sと新卒君が行くところにはきっと楽しいことがあるに違いない。なんとなく 俺も付いてきたいな、という‘なんとなくの人’というのがいるものである。 これをぶっちぎんないと、ナンパは難しくなる。お店のテーブルを思い出して欲しい。 大抵は4人掛けである。6人ではちと人が多い。

大人数の中から自分用に一人ナンパするという作戦もないわけではない。 4対4とか5対5、多対多のときに使われる作戦である。

合コンのときなどもそうだが、 例えば男だけ複数名で呑みに行って、近くのテーブルに女だけのグループがあるとき、 そのテーブルに声を掛ける、という状況である。これは難しい。 そういう状況はそう簡単に発生するものではない。 もし運よくそういう状況になったとしても、声を掛けたとたん、 女のグループの話がピタッと止まってしまっては、たいてい失敗である。 グループ同士の境界線が、なし崩し的に消滅していくようにすると成功率があがる。 その中であなたのお気にいりが見つかって、うまくいきそうだったら、 さっさとグループから脱出しなければならない。いいふりこいていてはいけない。

こういうテクニックは、ノウハウを聞いてもうまくいくというものではない。 自分(達)に合った方法を自分(達)で恥をかきながら獲得していくのである。

必要なスキルは「言葉」である。喋くりの技術である。状態を遷移させていくきっかけは 全て言葉だからである。言葉でその気にさせるのである。

話が逸れた。また説教臭くなってしまった。よくない。 呑み屋のテーブルは4人掛けが多いという話だった。

Sと新卒君はぶっちぎり[1]を完了して2人になった。 今夜の作戦[2]を相談しながら歩いていた。と、向こうから女性の二人連れが歩いてき た。

[1]ぶっちぎりの方法はいくつかある。バンド用語ではゲルニと呼ばれている手法であ る。

[2]こんなことで作戦を立ててもその通りにいくわけがない。


新卒君は今夜の作戦会議に夢中だったので、2人連れの女とぶつかってしまった。 通りを歩いていて他人とぶつかれは、おたがい振り返って 「あ、どうもすみません」で普通は終わる。 新卒君のすごいところは、その後の行動力である。すかさず 「ね、Sさん、いまの女いいよね。ね。俺行って声掛けてくる」である。 素晴らしい。

新卒君は踵をかえすと、2人連れの女に向かって走っていった。 女達の前に回り込み、ナンパの開始である。 Sが歩いて女達のところに到着したころには、女達は一緒に呑みにいくことに ほぼ合意していた。Sが少しダメ押しするだけで済んだ。 さっきまで話していた作戦など雲消霧散である。

さて呑み屋に着いてからが本番である。ここで口説き落とさなければならない。 相手に門限があるときは時間との戦いでもある。

とにかく喋る。やりたいのは男だけではない。女もやりたいのである。 しかし、女のやりたいと思う気持ちは男よりも小さい。小さいがそれはある。 必ずある。そこんところをつつくのである。そこんとこがどこんとこか 人によって違うので、喋りながらの駆け引きである。 この駆け引きの緊張感がなかなかスリリングで楽しいものである。

Sと一緒に呑んでいて、突然ナンパモードに入ったことがあるが、 ナンパモードに入った時、Sは豹変する。この男が、と思うほど喋る。 いいふりなんかこいてられない。

呑み屋で女のやりたい気持ちを大きく育てて、Sと新卒君は女達を連れて ホテルへと向かった。


ホテルが近付き、誰がどの女/男を取るか「作戦タイム[1]」である。 Sのほうが先輩なので女の選択に関して優先権がある。 Sは当然顔のいいほうの女を取ろうとした。 しかし、顔のいいほうの女は新卒君が好みだった。新卒君は
「Sさん、悪いですねなんか。でもまぁそういうことで」
とホテルに消えた。 そのホテルは新卒君が入って満室になった。Sは顔のよくないほうと隣のホテルに 行こうとした。隣のホテルもSが入って満室である。こいつらツいてる。

[1]しかしこいつら、かなりあからさまなやりかたしてんな。

今まさにホテルに入らんとするとき、女が
「え〜、でもそんなつもりじゃなかったしぃ」
とかいいだした。 顔の悪い女はホテルの入り口まで付いてきてそういうことを言う。 Sは顔のいいほうの女が取れなかったし、年末の連夜のような呑み会の 呑み疲れもあって、この女とやんなくてもいいか、という気に急速になってきていた。 一気に萎えてしまった。

実はSには美人の嫁がいるのである[2]。しかもSは2人の子持ちである。 嫁の妊娠、出産が終わったので、あっちのほうの生活も通常状態に復旧しているので ある[3]。Sは単にナンパ遊びをしているだけなのである。 ついでに言うと新卒君もステディな彼女がいるのである。

[2]だから匿名で書いているのである。

[3]Sの家に遊びに行った時、Sの嫁から聞いたのだが、 女性は妊娠中や授乳期間中はほとんど性欲というものがなくなるんだそうである。 そういう交渉を持ちたいなどとは思わなくなるんだそうである。[4]俺は男なので、 そのへんの話は鵜呑みにするしかない。

[4]立花隆の「サル学の現在」でも霊長類の発情について同様のことを言っていた。

急速にやる気の失せてきたSは、ホテルの前でウダウダ言う女に
「じゃ、帰るか」
と言った。すると女は 「でも、XX子(顔のいいほうの女の名)と一緒に帰らないといけないしぃ」
と意味もない事を言い出す。
「んじゃ、(ホテルに)入るか」
とSが連れていこうとすると カギがどうしただの、アパートがどうしただの言う。何言ってんだ? ホテルの前でみっともないことおびただしい。Sはますますやる気が失せた。 やる気の失せたSは徹底的に冷たい。
「お前一人でXX子待ってれば」
と言って本当にホテルの前に女を置き去りにする気で歩きだした。もうこんな女しらん。 Sは女に背中を向けて歩き始めた。 5、6歩あるいたころ、女はSの腕をとり
「やっぱりホテルの中で待ってましょう」
と言ってきた。女はSの腕を引いてホテルに入った。

ホテルに入ればなんだかんだ言ってもすることはする。Sのやる気はホテルに入った とたん急速に回復した。男とはそういう生きものなのである。


Sと女が一通り終えた頃、部屋の電話が鳴った。まだ2時間[1]たっていないので フロントからかかって来るということはないはずである。 しかし、ラブホテルの部屋で電話が鳴れば、その電話はフロントからの 用件ぐらいしか考えられない。Sはやや釈然としない気持ちで電話を取った。

[1]みなさんご存知のとおり、夜遅くホテルに入れば2時間という単位ではなくなる。 お泊まり料金である。

やはりフロントからだった。
「Sさんですか?」
なんでフロントが俺の名前を知っているんだ?こういうホテルに宿帳など無いはず。 あったとしても俺はそんなもの書いていない。 いったい何故俺の名を?嘘をついて「違う」と言ってしまおうか? Sは素早く思いを巡らせたが、結局反射的に
「はい」
と言ってしまった。とっさに嘘をつくのは難しい。 次にフロントは
「Aさんからお電話ですが、お取り次ぎしましょうか?」
と言ってきたので、だいたい理解できた。Aというのは新卒君の名前である。 Sは取り次いでもらう事にした。

それにしても、新卒君はすごい。隣のホテルに泊まっているSというだけで よく電話をつなげたものだ。

隣のホテルの電話番号を知ろうにもラブホテルの部屋にイエローページなどない。 104で調べたとしても、ホテルではSという名前の人間が泊まっているかどうかなど 知らないのである。 新卒君によれば、おたくのホテルが10時ころ満室になったとき、最後に入った カップルにつないでくれ、と言ったらしい。 それだけでホテル側もすぐにつないだわけではない。1度断った。 しかし新卒君、めげずにまた電話した。それでホテル側の人もつないでくれたらしい。 新卒君はたいした男のようである。

電話の内容は、女を交換しませんか、というものだった。 Sもさすがに断ったらしい。

しかし新卒君はすごいな。


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