28-JUL-1993
■現場監督は生コンを呑む−(建築現場で土方を監督する現場監督の仕事の話) 現場監督は土方に信頼されなければならない。 それには土方を連れて呑みに行くのが手っ取り早い。 もちろん監督が奢ってやらなければならない。仕事を終えた土方達に、 監督が「お〜い、 呑みに行くぞ」と声を掛ければ2、30 人は集まって来る。 土木関係は辺鄙な所で作業することが多いが、 呑み屋は必ずある。 監督は土方をぞろぞろ引き連れて呑み屋に行く。土方はじゃんじゃん飲み食いする。 いっぱい喰う。 大量に喰う。監督は遠慮せずに喰え、 呑め、 と勧める。 土方はさらに喰う。 呑む。
さんざん飲み食いして、 帰る段になる。 支払いは当然監督さんである。しかし、 普通の監督さんは自分の懐を痛めるようなことはしない。 普通じゃない監督さんは 同じように金を使うにしても、 好きな女のために使うのと土方のために使うのでは天と地ほどの違いがある。 天と地という比喩はこういう比較のときにこそ使うべきだってくらい 両者には開きがある。つらい思いをして得たお金をまったくなんだって土方のために使うんだ。 しかしまあ、 土方に自腹で奢りてえって本人が言ってんだから好きにさせればいい。 我等の監督さんは自腹を切って土方に奢るような人物ではない。店の請求書は取引先の生コン屋に回る。 生コン屋は本来請求すべき生コンの代金に呑み屋から回って来た請求書の金額を上乗せして監督さんの会社に請求する。 ただ単に金額を上乗せすることはできないので使ってない生コンを使ったことにして請求する。 生コン1立米(業界人は1立方メートルのことを「リューベー」という)がだいたい1万数千円だから、 土方約 20 人に奢ると生コン換算で 10 立米である。 これを業界では「昨日、 生コン 10 立米呑んじまった」という。この手法を鉄筋屋に対して使うと「昨日、 鉄筋 2 トン呑んじまった」ということになる。 鉄筋は1キロだいたい 7、80 円である。 この手法はいろんな業者に対して使える。 監督さんはいろんなものを呑む。生コン、 鉄筋、 コンパネ、 砂、 なんでも呑む。 土木業界の名誉のために付け加えると、 コンクリートで構造物を作るときはその構造物が何立米の生コンを必要とするかは計算で出る。 そして1立米あたりに使う生コン、 鉄筋、 コンパネから釘の本数、 土方の人件費、 土方の管理費に至るまで計算して金額が出る。 非常に細かい計算である。しかし、 こういうものには誤差が付き物である。 一生懸命計算してあとはえいやっと誤差修正である。 監督さんが言うには、丼勘定だけれども非常に緻密な丼なんだそうだ。 生コンの場合の誤差は 3% 以内に収まるようにすればいいんだそうだ。我等の監督さんはしばしば生コンを呑みすぎて誤差が 5% を越えたときもあったそうだが、 最終的には許容される誤差内に収めたんだそうだ。 その手法も聞いた。
ある建造物に生コンを打っていて、 計算した量では足らないことがあった。監督さんは生コン屋に電話する。 そして土方の呑み代は回り回って生コン屋も持つことになる。
我等の監督さんは、 現場に配属されたときに上司から 監督さんが自腹を切ろうが生コンを呑もうが土方にしてみればそんなことは関係ない。監督さんが奢ってくれたということがありがたいのだ。ああこの監督さんはいい人だ。 監督さんにはお世話になった、 ということになる。そういうふうな関係を作っておけば仕事もスムーズに行くってものだ。しかも監督さんの会社は土地に雇用を生み出し、 地元の業者に仕事を提供し、その周辺の呑み屋やら飯屋やら雑貨屋やらの経済活動にも貢献しているのだ。生コン呑んだり、 鉄筋呑んだりすることを非難する人間などいない。それに山奥の現場である。飲み食いたって、そんなにお金を使えるわけじゃない。銀座や六本木とは違うのだ。桁が2つくらい違うだろう。生コン屋だって通常の接待費で落とせる程度の金額しか余計に払ってないのだ。 |