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神田の「いせ源」にあんこう鍋を喰いに行ってきた。 神田といっても駅は淡路町のほうが近い。JR神田駅からだと15分くらい歩くこと になる。俺と高橋さん(旧姓永松さん)は神田の駅から歩いた。 着いたら行列が出来ていた。俺は列に並ぶというのはなるべく避けたいと思っている のだが、今日は鮟鱇を喰うと決めていたので、列に加わることにした。
列の中に待ち合わせていた川村さんがいた。列の前後の人に会釈をして、彼女のとこ
ろに横はいりしてしまう。彼女は、我々の後ろに新たな人が並ぼうとすると いせ源の行列システムは整理券が必要なのである。創業が天保元年というわりには妙 に現代的なシステムだ。川村さんは5番の整理券を持っていた。 我々の番がやってきた。中に入る。待ち時間は15分くらいか。 いせ源の建物は古い木造建築で、旅館風というか古典的な大規模飲食店のたたずまい だ。建家そのものは古いのだが、板の間や柱はきっちり磨き込まれている。そういう 建築物と人間のかかわりが俺は好きだ。 靴を脱ぎ、下足札を渡される。我々は七十二番だった。七十二番さんは二階である旨 言い渡され、我々は日本家屋らしい急な階段を上がる。広間に通され一つのテーブル をあてがわれる。広間の中は正しい活気に充ちている。チェーン店居酒屋のガキども の活気とは違う。正しい大人達が鍋を囲む喜びから生まれる活気である。 我々がテーブルに腰を落ち着けた頃、仲居のさんに「飲み物は何にしますか?」と尋ね られ、俺はあいまいな気持ち[1]で「ビール」と言う。仲居のおねえさん[2]はテーブ ル中央にあるガスコンロに火をつけてしまった。鍋が出て来る前なのに。
[1]:こちらはあぐら状態。あちらは立ったまま。どうしても視線は見上げる感じになる。なんか質問されたら即答しなければいけないような気になる。 ほどなくしてキリンビールの大瓶2本と鮟鱇鍋3人前がやってきた。鍋に関してひと ことも注文はしていない。まあでも俺達は鮟鱇鍋を喰いにきたので問題はない。3人 前だとわかったのはあん肝が3つ入っていたからである。なべが煮えるのを待つ。待 っている間に店の活気に押されてなんとなくワクワクしてくる。鍋に真っ先に手をつ けたのは川村さんだった。鮟鱇の肉片を食べてみて「もういいみたいよ」という彼女 の発声を合図に俺達は喰い始めた。鍋をやるときにこの「もういいみたいよ」を言う 人というが必ず一人はいるわけだが、今回は川村さんだった。 鮟鱇鍋の汁は醤油味で見た目からしてかなり濃い。からめの味である。鮟鱇鍋の内容 は、まあいわゆる鮟鱇である。身はさっぱりした白身で、他に正体不明のゼラチン質 の小片や皮状ももの、ひだひだ状もものなどが入っている。野菜はなんだろう、三つ 葉のようなものだった。それとしいたけと銀杏ときぬさやと焼き豆腐が入っていた。 いとこんも少しあったように思う。 ひさしぶりの鮟鱇だった。からだが暖まるような気がする。 鍋の中身がなくなってきたころ、仲居さんが「このあとどうしますか?」[3]と聞いて きた。鍋が終わればおじやである。我々はおじやを注文した。仲居さんは「おしんこ もつけますか?」と聞いてきたのでそれもお願いすることにした。鮟鱇鍋の後半には すでになんかの箸休めが欲しかったのだ。 [3]:おっちょこちょいのあわて者カップルなら「ええ、これから彼女とホテルに」とか言ったりするんだろうな。 おじやを作るために鍋の中をさらって汁だけにする。汁の味が濃いので、出し汁で薄 める。それから仲居さんがご飯を入れる。こわきにおひつを抱えて竹のしゃもじで豪 快に投入してくれた。豪快さの割には量が少なく、ご飯をもうすこし入れてくれよお、 と言いたくなる量だったが、言わなかった。あとで言わなくて正解だとわかる。適量 だった。いじきたないわりには小食な俺なのだ。 ごはんを入れて熱を加えつつ、しばらくほっとく。おしんこを喰いながら待つ。 しばらくして仲居さんが登場し、たまごをレンゲで掻きませてごはんにかけた。これ でホンの数秒火を通したら、火を消して終わりかと思ったら違った。あさつきを刻ん だものを大量にふりかけたのだ。レンゲで4杯くらいふりかけた。これが新鮮だった。 薄めたとはいえ、いせ源の鮟鱇鍋の汁はからい。おじやになって、たまごで甘味がつ いてチトくどい。が、しかし。あさつきが大量に入ることによってくどさが消え、鮟 鱇のダシがきいたうまいおじやになったのだ。すごい。素晴らしい。 あさつきおそるべしである。 鮟鱇鍋、おじや、おしんこ、ビール2本で一人約5、000円だった。 鮟鱇を喰って満足した我々はいせ源のお向かいの「竹むら」という甘味処に入った。 俺は甘いものは苦手なのだが、ご婦人二人に勧められて入ってみることにした。 ここもいい感じの木造建築だ。床が三和土という感じでグーである。 こあがりに上がった。席についてすぐ桜湯が出た。う〜ん。これ飲むのは2度目なん だが、一度目のことを思い出してフラッシュバックしそうになったぜ。 俺はクリームあんみつを喰った。 餡がそんなに甘くないけど餡のコクはある。寒天は素朴な味のなかに奥行きがあった。 なかなか美味いじゃないか。 ちょっと黒蜜をかけすぎたのが失敗で、そのせいで少し甘くなりすぎていた。俺の好 みだったら、黒蜜はほんの少しだけかければいいことがわかった。 クリームあんみつ650円。俺には高いんだか安いんだか判断できん。 その後高橋さんとタクシーで銀座へ行き、クールで1杯づつ呑んで帰った。 |