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新島クルーズ(復路)
日付 2005年7月23日(土)

天気 曇り
風向 東〜東北東 風力 3〜6 波高 1.5〜2.5
行先 新島港から帰港
出港時刻 04:30 帰港時刻(寄港)12:40
乗員 2名


午前3時半起床。港の常夜灯のおかげで真っ暗ということはない。

酔い止めを飲むためにクラッカーを食べる。食欲はない。

空が少し明るくなったので、擦れ止めのチェーンを付けて別な岸壁に増し舫にした長い係留索を回収する。なんだかんだと係留索は6本使った。

岸壁の擦れ止め用に細いチェーンを用意しておくといいと思う。アンカリング時のチェーンを延ばすのにも使えるので便利だ。

漁船は、擦れ防止にシンブル加工した専用のワイヤーを使っている。

風がすこし収まってきた。

出港準備してたら、雨。予報では雨は降らないということだったのだが。

天気図的もこの雨は本格的には降らないとは思う。でも雨はいやだ。スプレーはしょうがないが、雨はいやだ。

カッパを着て、ライジャケを着てハーネスをつける。カッパの下には薄手のフリース。

船内片付けと着替えと個人装備の準備を終えた女房がトイレにいく。

出港準備を続ける。

風下側の舫を外し、風上側のバウを固定している舫を1本と、位置を決めているスプリング1本をバイトにして残す。はずした舫は、コイルしておく。

女房がトイレから帰ってきたので、出港プロシージャを開始する。

女房を乗せるために、スプリングを艇側から引いて艇を岸壁に寄せる。

女房が乗り込んできて、引いたスプリングから手を離す。と、そのテンションが緩んだスプリングがビットから外れてしまった。リングじゃなくてビットのときはこういうことがあるのか。

勉強にはなったが、想定していたプロシージャが崩れてしまった。

先にバウ側を外すつもりだったのが、スプリングのバイトがとれてしまった。

予定していた段取りが狂ってしまい、私の操船のミスも重なり、岸壁と接触して(昨日新島港に来たプレジャーボートと同様私もぶつけてしまった)バウパルピットの航海灯の防護用の棒がとれてしまった。これがとれることで、パルピットと航海灯を守るわけだから、まあ不幸中の幸いか。

係留索を片付けている間、構内をデットスローでうろうろする。港内はガスティで風が時々吹き上がる。

ブローがくると、デットスローでは風上に向かえないくらい吹く。

索を片付けて出港。

出港してからフェンダーを外してないことに気づく。やはり普段ならざる心理だ。

フェンダー回収してからセールアップする。昨日ワンポンのまま降ろしておいたので、そのままワンポンであげる。

風が強い。波も大きい。

島から離れるにつれ、風と波がさらに大きくなってきた。

ツーポン入れる。フネが安定する。

振り返ると新島の島影がずっと見えている。10マイルくらい離れても見えていた。昨日とはだいぶ違う。

まだ伊豆半島は見えない。

GPSのコースに沿って進路を取る。今日も潮が強い。15度くらいヘディングを傾けないと、進路を維持できない。

風は、予報では東の風が6m/sから8m/sである。上りではないので、このくらい吹いてもそれほど感じない。が、波は大きい。さすが外洋だ。うねりの他にやってくる波がでかいのだ。船体にドシンと当たる。

強い風にもだいぶ慣れてもきた。慣れるまではやはり怖かった。体が緊張して力が入っていた。


波を下ってサーフィングしたときに 8.4ノット(GPSの対地速度)という表示を見た。

驚いた。

帰ってから、GPS の Trip Computer 画面で見たら、今航海の最大速度は8.8ノットだった。ついでに 26フィートのハルスピードはどのくらいか調べてみた。リベッチオの水線長は 6.5m。ハルスピードは約 6.2ノット(重量や形状等で前後するが、だいたいの目安にはなる)。実感としてもそのくらいだ。潮もあるとは思うので、対水速度は不明だが、8.8ノットというのは、あきらかにハルスピードを越えている。相当なスピード感があった。ツーポン入れてこれである。なかなかの体験だ。ハルスピートを2ノット以上超えるには、どのくらいのパワーが必要だったんだろうか。

スプレーを浴びてずぶぬれだ。カッパを着てなかったら大変なことになっていた。

朝の雨とバウパルピットの一部破損で悪い運は使い切ったのか。東風でラッキー。航海中は雨降らなくてラッキー。いいことがあればなるべく喜ぶようにする。

神子元島が見えてきた。伊豆半島も見えてきたような気がする。灰色の空と灰色の海の向こうにぼんやりと陸地が見える。

だいぶ慣れてきたせいか、食欲も戻った。菓子パンを食べる。

本船航路に入った。

大型船は神子元島の外側を通り、内航船は内側を通るようだ。

波とうねりでの連続で、大型船の引き波がどれだかわからない。

神子元島が正横になったころ、石廊崎の灯台もはっきり見えるようになった。

もうGPSがなくても帰れる。安心感が出てきた。

中木沖あたりになって、波が変化してきた。風向は同じなのだが、風の走吹距離が短くなったせいか、波高が低くなってきた。

三ツ石岬あたりで波はだいぶ収まってきた。風は相変わらずだが波が小さくなってきたので走りやすい。

妻良沖あたりでは、波はほとんどなくなった。風は相変わらずだが相当走りやすい。このままいけたらうれしい。

波勝の手前あたりで、風も収まってきた。

視界は悪い。まだ田子島が見えない。

波勝の赤壁のあたりでは、ほとんど波も風もなくなった。ここは断崖絶壁が東風を遮っているので、そうだろうとは思ったが、雲見をすぎて、松崎沖でも吹き出しはなかった。

風もどんどん落ちて、海面はまるで湖のようだ。

セールをワンポンに戻す。

堂ヶ島沖ではもう波も風もない。

フルセールにする。

田子島をかわして、安良里に向かうころには海面がツルツルだ。

駿河湾を南下するヨットを見かけたが、南のほうは大変だよ。そばまで行って伝えてあげたい気持ちだ。

安良里港に入って、セールダウン。

唐草のバースにつける。帰ってきた。母港のいつもの場所のいつもの景色が迎えてくれた。

駿河湾に入って、ラクな航海だったせいか、それほどホッとはしなかった。2年前くらいに中木港から帰ってきたときのような心身がとろけるような安心感はなかった。

12時40分、バース着。

帰ってきた

おなかがすいたので、簡単に片付けて、カップ麺で昼食。美味い。航海後のカップ麺は普段の何倍も美味い。

食後、唐草に感謝しつつ解装。潮を浴びたハーネスやテザー、ライジャケ、ジャックライン等はウチに持って帰って塩抜きをする。風呂場で感謝をこめて、ぬるま湯で丁寧に塩出しするつもりだ。

オーパイも持って帰って、これも感謝をこめてきれいにしてやるつもりだ。吉田君、別名「ごごぞう」、よくがんぱってくれた。君のがんばりには本当に助けられたよ。

新島に行く前よりも、唐草に対する信頼感が私の中で上がっている。このフネならもっと遠くまで行けるような気がしている。

どのくらいフネを信頼できるか、というのもひとつのスキル(シーマンシップ[1]とは違う)の尺度なのかもしれない。そういう観点からならば多少私のスキルも上がったのかもしれない(ここではスキルという言葉を漠然と「腕前」のような意味で使っている)。とはいえ、これからも自分自身を恃むようなことなく冷静な航海を心がけたい。

([1]:日本語の「シーマンシップ」 には船乗り精神とでもいうような倫理的要素を含むことが多い。しかし本来の「シーマンシップ」はロープの扱い、錨の打ち方からメインテナンス作業まで、およそ船乗りに必要とされるすべての技能ないしは職人芸のことで、心構えとか船乗りらしさとかの意味はない[野本健作氏の著作より])

14時頃すべて終わって、30分くらいキャビンで横になる。

14時半、唐草でテンダーを取り行って、曳航してバースに戻る。

なんだかんだで車に荷物を積んで走り出したのが15時15分。


ウチに帰って、シャトーマルゴーを開けた。いいことがあったときに開けるつもりで取っておいたものだ。今日はまさに開けるにふさわしい日だ。それにしても美味いワインだ。

無事に帰ってこれて嬉しい。新島港に係留中は、不安で不安で、もうこんなことはやめようと思った。でも無事帰って来ると、なんというかこの何事かをやりとげた[2]、という感覚が気持ち良い。「あの海」に出て行って、そして「あの海」からこの日常に戻ってこれたことが嬉しい。自宅に戻り、航海に行く前と全く同じ我が家のいつものリビングでそう思う。

([2]:「遣り遂げた」と漢字を使ったほうがより心情に近い)

この気持ちに一番近い言葉は「達成感」かもしれない。でも達成感というのとはちょっと違うようにも思う。この不思議な気持ちが湧き上がってきたせいか、また島に行きたくなっている。先人達もこの気持ちを味わってヨットの魅力にハマっていったんだろうと思う。


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