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下田に向けて(その2)
日付 1998年09月24日(木)

天気 曇り時々晴れ 風向 南〜西南西 風力 1-4  波高 2.5-4.0
行き先 子浦
出港時刻 0625 寄港時刻 1230
乗員 2名


0500時起床。

雨が上がっている。山のほうには雲がかかっているが、海のほうは晴れている。

コクピットでサンドイッチとおにぎり。ペットボトルの午後の紅茶。風はまったくない。

艤装。

給油。

給油時にアワーメーターを確認。170時間。前回の給油は、アワーメータが154時間のときだ。そのときに15L入れた。それから16時間しかエンジンを回していない。燃料計の針もほぼ満タンである。そんなに入るとは思えなかったが、10Lは入った。給油口に油面が見えるくらいまで入れた。タンクから給油口までのパイプにだいぶ入るみたいだ。

このフネが安良里に来てからアワーメータで70時間エンジンを回したことになる。総給油量は45L。燃費を計算すると、これまでの平均は1Lで1時間半ということになる。

ポリタンに軽油残り約8L。

0625時。ライジャケをつけて出港。

風はないが、波長の長いおおきなうねりが規則正しく入ってくる。台風の名残だ。

安良里港を出て南下する。

0730時。田子島を越えたあたりで、セールアップ。

南から風が上がってきた。ジェノアを展開。エンジンを切って帆走。南西方向に進む。どんどん沖出しする。雲見崎と波勝崎の間は波が悪いらしいので、沖出ししたほうがいい、というアドバイスをもらっている。確かにあのあたりには悪い三角波が立ちそうだ。

風がさらに上がってきた。ワンポン入れる。ジェノアもクリューがサイドステーに来るあたりまでリーフ。

松崎沖あたりで波が悪くなってきた。女房が船酔いを訴える。

さらに沖出しするが波は相変わらず悪い。波長の間隔が短くなり、うねりと別な方向からも波が入ってくる。波に揉まれる感じだ。

雲見崎はるか沖。これだけ沖出ししても波が悪い。

女房ダウン。キャビンの中に。

帆走を中止し、機帆走で最短コースを取ることにする。

波がますます悪くなる。波長が短いのが時々入る。波のてっぺんからバウが落ちて、海面にたたきつけられる。パンチング。2.5M-3.5Mくらいの高さを何度も持ち上げられ、落とされる。波の底は水に囲まれ、頂上では遠くまで見通せる。

フネはなかなか進まない。

俺も船酔いが始まった。こみ上げてきた。船尾に向かって吐く。吐くと体力使うんだろうか。吐いたら少し疲労を感じた。

今見えている岬が波勝崎だと思う。この先を回れば妻良だ。妻良に避難しよう。時刻は1000時。

少しづつではあるが、波勝崎と思っていた岬に近づく。しかし、あるはずの灯台が見えない。おかしい。しかも波勝崎の突端の暗礁の位置がおかしい。どうしたんだ。これは波勝ではないのか。灯台を何度探してもみつかからない。この位置で灯台が見えないわけがない。酔っているせいで灯台がみつけられないんだろうか。酔っているので暗礁の位置を勘違いしているんだろうか。そう思って、とりあえず先に進むことにした。波勝を回れば、宇留井島が見えるはずだ。

回ったが島は見えない。それに視程の先のほうに見たことのない島が見える。ここにきて位置をロストしたことにが決定的になった。

今いる位置はたぶん波勝崎の南だ。妻良の先だ。たぶん三ツ石崎の先だろう。だから見たことのない島や岬が見えてるんだろう。次の岬に向けるとヘディングが120度程度ということは、明らかに妻良をすぎている。さっき灯台を見つけられなかった岬は波勝崎ではない。波勝崎には白くて大きな灯台がある。

たぶんこの位置では妻良よりも中木の方が近いだろう。しかし中木には行ったことがない。初めての港に入るにはリスクの大きい天候だし、体調だ。それにこの先の暗礁の位置は頭に入ってない。入っていてもこの頭はもう信用できない。危険だ。引き返そう。

妻良に戻ろう。酔ってゲロゲロの頭でGPSの妻良沖を呼び出し、そのポイントまでナビゲーションするモードにセットする。陸でやればどうってことない作業に手間取る。手間どる自分にイライラする。

セットしおわって、また吐いた。

妻良沖へのベアリングコースは330度を示している。やはり。妻良を通りすぎていたのだ。もっと早くGPSをセットしておくんだった。視界がいいので電池をケチったのがいけなかった。

GPSの距離表示は約3.5マイル。妻良に逃げようと思って無駄に3.5マイル走ったことになる。しかもつらい思いをして。ゲロを吐きながら。往復約7マイル無駄にしたわけだ。この波にもまれて。

損か得かで言ったら、確実に損した。

とにかく戻ろう。妻良に入ろう。波のない穏やかな海面に。

1100時。転舵。損したのがくやしいので、この転舵した位置をGPSに記憶させる。(後に海図で確認したら、やっぱり中木のほうがずっと近かった)

目標のポイントがなかなか近づかない。が、GPSの表示する距離は着実に減っている。少しづつだが、着実に減っている。このことはとてもはげみになった。大げさに言うと、この数字が減っていくことで俺の正気が支えられた感じだ。確かに大げさだ。

風も追い風になったので、対地速度も上がっている。5ノット台の後半をコンスタントに示し、時に6ノット台後半を示す。

追い風のせいで体に感じる風が弱くなった。暑い。

GPSの示す残りの距離にはげまされながら、がんばる。

歯を食いしばってがんばる、という言葉があるが、本当に奥歯を食いしばって耐えたのは初めてだった。

フネに乗ってるといろんなことがある。


教訓:
「海図はティラーを持っていても、すぐに取れる位置に」
「余裕のあるうちにハーネスをつけること」
「GPSは常にセットしておくこと」
「オーパイもすぐにセットできるようにしておくこと」(一人になっても、キャビンに降りたりデッキで作業ができるように)


吐き気と暑さで頭が回らない。体から体力が抜けていく。一番つらいのは、やる気が失せてくることだ。動くのが億劫になる。判断するのが億劫になる。これがつらい。

妻良の湾内に入ると、まるで舗装道路に出たように滑らかになった。さあ、これからセールダウンだ。これも一人でやらねばならない。手順を頭のなかで組み立てる。それを頭の中でシミュレーションしてイメージする。湾内の風上位置で船を風位に立てて止める。ティラーから手を放し、メインハリヤードをカット。マストにとびついてセールダウン。いっきにダウン。リーフロープの余った部分でセールをブームにぐるぐる巻き。

素早くティラーに戻り、クラッチを前進に入れる。この間10秒とかかってないと思う。

初めてだ。一人でセールダウンしたのは。唐草ではいろんなことが初めてだ。

思ったより風下に流されてない。

落ち着いたところで、また吐いた。

さて、どこに係留しようか。妻良の港にしようか子浦の港にしようか。

しばし思案したが、妻良ではなく子浦のほうに係留することにした。唐草を横浜から安良里まで回航したときに一泊させてもらった恩ある港だ。

子浦の係留できそうな岸壁に近づき様子を見る。

係留できそうだ。

女房を起こす。まだ酔っているようだが、妻良の湾内に入って波がなくなったせいでかなりよくなっているようだ。

岸壁に横付けしようとしたが、他のフネが槍着けしているので、唐草も槍着けすることにする。スタンアンカーを用意するために一度湾内に戻る。

アンカー準備のため、女房に舵を渡す。

バウのアンカーウエルからアンカーとチェーンとロープを出し、コクピットまで持ってくる。重いしチェーンの扱いが面倒だし。これはなんとかしたい。

とにかくアンカーをセットして、槍着け体制に入る。そろそろアンカーレッコというときに、岸壁のおじさんから声がかかる。

「ここは作業船が入るので着けちゃだめだ。向こうの観光船の手前に俺のアンカーが打ってある黄色いブイがあるから、それにつけろ」

アンカーレッコの前でよかった。

おじさんの指示に従い、漁船が並んでいる岸壁に沿って、港の入口に向かう。港の入口付近に泊めてある波勝崎めぐりのイルカの絵が描かれた観光船の隣に向かう。なるほど黄色いブイがあった。

段取りを確認する。女房が係留ロープをもって、バウから岸に上がる。俺はボートフックで黄色いブイを拾い、ブイにロープを結び、フネにクリートする。

しかし、風が強くて、流されてしまう。岸壁にアプローチするが、左前方からブローが入って、風がバウを右に振ってしまう。思ったより強い。アスタンに入れて逃げる。

三度やりなおした。

女房が係留ロープを持って岸壁に飛び移ったのを確認してから、ブイを拾い、ブイに係留ロープを舫った。係留ロープの長さを調整しながら、バウを見ると女房が係留ロープ一本海に落としてる。もう一本をビットに舫おうとしてるが、そのロープがフネのクリートからほどけて海に落ちた。フネと岸壁をつなぐものがなくなった。あやややややである。女房も酔った頭で作業している。すまぬ。

俺は急いでボートフックを取り、隣に舫ってあるフネの係留索をひっかけて、それを引っ張りなんとか体勢は持ちこたえた。それから係留ロープを岸壁の女房に渡してなんとか係留完了した。

係留完了


女房は上陸したままでいたいというのでそうした。揺れない地面から離れたくないのだろう。

俺は倒れるようにキャビンに入り、横になる。クタクタだ。時計を見ると1236時だった。

2時間くらいウトウトした。

起き上がってデッキの片づけをしていたら女房が戻ってきた。

女房にあとの片づけをまかせて、民宿に予約を取りに行く。前回お世話になった「泉荘」に行ってみる。

泉荘と経営が一緒のスナック「春夏秋冬」から声がするので、そこで泊まりたい旨を伝えたら、あっさり泊めてくれることになった。すぐに部屋を割り当ててくれた。

フネに戻ったら、ここにとめろと言ってくれた優しいおじさんが来た。もう「来た」というより「いらっしゃった」と言いたいくらいおじさんには感謝している。ほんとうにありがとうございました。

あと2ハイ入るので、左側を空けろとのことだった。バウの舫いを解いて、左側のビットに止め直す。隣のフネは也高丸というカジキを突くためのフネだった。

このおじさんに「今晩一晩とめさせてくれませんか」と訪ねたら、了承してくれた。ありがたい。ああ。本当にありがたい。

一泊分の荷物をもって、フネから降りる。1630時頃民宿につく。早速風呂だ。

足を伸ばして湯船につかる。極楽極楽。ああ極楽。お風呂ってなんて素敵なんでしょ。

1800時から夕食。刺身、煮魚、揚げ物、酢の物、サザエのつぼ焼き、イカの姿煮にごはんと吸い物と漬物にみかんのデザート。とっても豪華。昨日のこあじ寿司とはえらい違いだ。

民宿の晩ご飯


清潔な布団と風呂上がりの清潔な体。床は揺れないし、寝床は広いし、ああ極楽極楽。しかもTVまでついてる。

他に泊まり客はいないので、すごく静かだった。いいなあ子浦って。

勝ち負けで言ったら、これは勝ちだな。

夕食後にフネを見に行く。

確かに隣にフネが2杯とまっていた。也高丸と同じマークが入っている。フグをデザインしたものか。よく見るとペンションフリータイムと書いてある。カジキを突くフネにもこのマークが入っていた。これは次回ペンションフリータイムに泊まらねば。

宿に戻り、2100には就寝。


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